「勝ち組」と「負け組」 経済がバブル化している時は、誰もが「勝ち組」でありハッピーである。ところが一旦バブルが崩壊し始めると、人々は真の「勝ち組」と「負け組」にくっきりと別れる。一瞬の違いで「勝ち組」から「負け組」に転落する者もいる。 「負け組」はバブル期に投資や資産の購入を行った者である。バブル崩壊により、「負け組」は膨大な損失を被ることになる。分りやすくバブル崩壊によって損失を被った者を「負け組」と称した方が良いかもしれない。そして最大の「負け組」はこれらの人々に巨額の融資を行った金融機関である。 一方、「勝ち組」はバブル期に高値で土地や株式などを売った人々である。中には先祖伝来の土地を売却した者もいるだろう。ほとんどの場合、取得価格より望外の高値で売り、巨額の利益を得ている。 もし資産価格に適正価格というものがあれば、バブル期においては適正価格をはるかに超える価格で資産が売買される。したがってバブルが崩壊し、資産価格が適正価格に向かって急落すれば、「負け組」の損失はどんどん増える。今日の欧米はこの段階を進行中といえる。 次にバブル経済崩壊の実体経済への影響を考える。金融機関が大きな損失を被り、自己資本が毀損し貸出し余力がなくなり、これが設備投資や消費の減少に繋がることは誰もが気付いている。実際、米国での自動車の急激な売上減少もクレジットの審査の厳格化が影響している。 したがって金融緩和と銀行などの金融機関の自己資本充実のためのFX の注入が求められる。そこで米国のFRBは継続的に利下げを実施し、米政府も金融安定化法に沿って金融機関への資本注入を行っている。しかし米国経済は上向く気配がない。金融機関の自己資本の充実は、一段の実物経済の落込みを和らげる程度の効果しかないのである。 日本ではバブル崩壊後、金融機関の経営を健全化すれば貸し渋りがなくなり経済が蘇るという主張がはやった。そのためには銀行の決算の検査を厳格化し、不良債権の額と資本の不足額を確定し、これらの銀行に資本注入を行えというものであった。また資本注入にあたっては銀行経営者の責任を厳しく問えという声が大きかった。 しかし銀行に注入を行っても実体経済が好転する保証はない。理由は三つある。一つ目は自己資本が増えても、銀行は新たな不良債権の発生を警戒し容易には貸出しを増やさないことである。二つ目は住宅などの資産価格(日本の場合は土地の価格)の下落が依然止まらないことである。つまり一つ目の理由と同様、資産価格の下落によりさらなる不良債権の発生が予想され金融機関は貸出しを増やすわけには行かないのである。 三つ目は総需要の大幅な減少である。これはバブル崩壊後に起る深刻なデフレであり、金融機関の貸出し姿勢とは関係のない需要減である。外国為替 で言及したリチャード・クー氏の「企業や個人のバランスシートは、バブル崩壊に伴って相当傷がついている。今日の低金利でも、人々は債務の返済を優先し、投資は伸びない。」の話に相当するものと考えてもらって良い。例えば米国の自動車の売上の急減の原因はクレジットの審査の厳格化だけでなく、筆者は需要そのものが相当減少していることが原因と思われる。 筆者はバブル崩壊後に起る長くて深刻なデフレのメカニズムに注目している。金融機関の貸出し姿勢とは関係がなく、総需要が収縮するのである。これは「負け組」をどれだけ分析しても分かりにくい。むしろ「勝ち組」に注目することによって、総需要減少のメカニズムが分る。さらに減少する総需要の大きさを見積もることができるのである。 「勝ち組」がデフレを起こす 「勝ち組」は、バブル期に不動産(土地や住宅)や株式など保有する資産を超高値で売り抜けた人々である。これによって巨万の富を手にしている。しかし中にはこの資金で新たに土地や株式を購入し、バブル崩壊に伴って損失を被った者もいる。このような者は「勝ち組」からは除外される。 たしかに保有資産を高値で売って手にした大金を、大盤振る舞いでほとんど使った者もいると思われる。しかしこのような人々は少数派であり、またここで言う「勝ち組」ではない。筆者が念頭に置く「勝ち組」は、保有する資産を超高値で売り抜けその代金のほとんどを、元本が保証されている預貯金や確実な金融商品(国債など)に替えた人々である。 次に「勝ち組」の保有する金融資産の経済に対する外為 を考える。「勝ち組」が手にした大金の大半は銀行などの金融機関に舞い戻ってくる。金融機関はこの金をまた不動産融資に振向けるので、一段と資産価格は高騰する。このような資金の循環はバブル崩壊まで続く。 前述のようにバブルが崩壊すると、「負け組」であるバブル期に超高値で資産を購入した者やそれに融資を行った金融機関は多大な損失を被る。一方、資産の売却代金を元本が保証されている金融資産に回した「勝ち組」は無傷である。 「勝ち組」の得た資産の売却代金は、資産の購入者の所得から捻出される。資産をローンで購入した者は、今後長い間消費を抑えてローンを返済することになる。特にバブル期には資産の価格が高騰していたため、ローンの返済額もそれだけ大きくなる。バブル期に資産をローンで購入した者は、資産価格がもっと上昇するものと勘違いしたために、多額の負債を抱えることになったのである。 バブル崩壊後、「負け組」は消費や投資を控えることになる。したがってマクロ経済で見れば、大きな需要の減少が生じる。つまり「勝ち組」の金融資産の増加は、「負け組」からの所得移転という面がある。そこでもし「勝ち組」がバブル期に得た資金を全て消費や投資に使ってくれたなら、マクロ経済上の需要不足は解消されるものと考える。しかし「勝ち組」は金を使おうとはしないのである。 バブル経済が起った国では、もの凄い勢いで金融資産が増える。またこの金融資産の増加がバブルをさらに助長する。しかしバブル崩壊後にもこの金融資産は減らない。つまり資金が消費や投資に回らず金融機関で凍り付くのである。 「勝ち組」の金融機関で凍り付く資金が大きいほど、マクロ経済での需要不足は大きくなる。この金額を正確に見積もることはできないが、おおよその金額は推定できる。これを説明したのが04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」の次の表である。
上の表から分るように田中角栄首相の列島改造時代(71〜73年)や85年プラザ合意後の不動産バブル時代には、マネーサプライ(M2+CD)が急増している。またバブル崩壊後もマネーサプライは減らず、逆に名目GDPが伸びないため、マネーサプライを名目GDPで割り返したマーシャルのkは年を追うごとに大きくなっている。 しかし日本では「勝ち組」の金融資産の増加ぶりを見るには(M2+CD)ではなく、郵便貯金などを含めた(M3+CD)の方が適切と思われる。これで計算すると日本のマーシャルのkは2.0程度になる。他の先進国のマーシャルのkの値が0.5程度であり、それだけあれば十分経済は回って行くのに日本のマーシャルのkは異常に大きいのである。さらに貯蓄性の生命保険などの金融商品もこれに加えるべきと考える。 この表が示すように日本の金融資産は膨大である。しかもこれらの大半は金融機関で凍り付いている。そして特にバブル期にこれが増加しているのである。 金融機関で凍り付く資金が増えれば、その分有効需要が不足することになる。したがって日本経済は列島改造時代のバブル崩壊後からずっとデフレが続いているのである(85年プラザ合意後の不動産バブルの崩壊からではなく、それより以前から日本のデフレ経済は始まっている)。この需要不足を補って来たのは、輸出と国や地方の財政である。つまり国民の凍り付いた金融資産が増えるほど、政府(国と地方)の債務が増えるという図式になる。 ここ数年の世界的なバブル経済で、多くの「勝ち組」が生まれていると思われる。今日、世界的な金融危機が叫ばれているが、反面「勝ち組」の金融資産は増えているはずである。今後、まずこの「勝ち組」の金融資産の増加額にほぼ匹敵する需要が不足すると思われる。 「勝ち組」がこの金融資産を取崩して使わない限り、各国政府は財政を赤字にして需要を補填する必要がある。さらにバブル経済と関係のなかった人々も、急激な需要減少で失業したり所得の減少に見舞われ、消費を抑えることになる。そうなればこれはまさにデフレスパイラルである。